車イスで街にくり出そう_札幌

車イス使用者が札幌市を中心に地域活動するのに有用な情報を提供します。

10 私の車イスでのお出かけ事情

      目   次      

1 突如落ち込んだパラレルワールド

2 緩やかに伸縮する世界の果てと国際生活機能分類

3 環境整備が作り出すサービス水準のギャップ

4 環境の可能態と現実態との間のギャップ

 

1 突如落ち込んだパラレルワールド     

《受傷以前と同じようで異なる世界》
 は20数年前に大怪我を負い、外科手術や機能回復訓練の甲斐なく車イス生活になりました。在宅に戻ったのちに目に映る光景が以前と同じで、かつ周りの人々は元の生活のままなのに、自分だけが異世界に落っこちたことに気づきました。つまり、網膜に映る世界が変わらないのに、脳が認識し、身体が活動する世界が変わってしまいました。たとえば受傷以前は無意識に通れた場所に段差が現れ立ち往生したり、庭の隅に春に咲くはかなき花たちに驚いたり、鳥や風やせせらぎの音が聞こえたりです。当初、異世界に暮らすのが障害を負った自分だけと感じたのが、次第にすべての人がそれぞれの世界に暮らす現実が見えました。ただ、大多数は他の人たちと共有する領域が広いのに対し、機能障害を負った自分の世界は肝心な部分で大きくはみ出すのです。否、はみ出す領域で行動に多くの制約が起こるので、肝心と感じるのかもしれません。
《リアルワールドとの溝を埋める》
 このブログの目的の一つは多数派の人々が認識を共有するリアルワールドと、私が落っこちたパラレルワールドとの溝の改修です。社会インフラ整備の企画、設計や施工は多数派に属す健常な技術者が行いますが、環境のバリアフリー化においてマニュアルやガイドラインをなぞるだけの設計では心許なく、作り出そうとするサービスの本質と背景への理解が大切だからです。ただし、私と同じ脊髄損傷による車イス使用者の間でも、損傷部位その他の条件により世界のズレ方に違いがあります。たとえば手に麻痺のあるとなしとで、同じ環境でも制約の内容や程度が異なります。さらに、脊髄損傷以外の傷病で車イスを使う人や歩行障害のある老人とではなおさら違います。このブログは私が認識する世界に基づくものであり、それが他の車イス使用者と共通する部分と異なる部分とを含みます。私がその違いを分かっていたり、推察できたりする部分は配慮しますが、分からない部分は分かっていないとの認識さえないので処置なしです。また、車イス生活になったことに対する内面の反応や、地域活動への考え方など、私の個人的な性向に基づいており、そんな限界のあることをご理解願います。

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2 緩やかに伸縮する世界の果てと国際生活機能分類      

《緩やかに回復する世界のはて》
 長期の入院生活を終えて在宅に戻ったときに感じた変化は、活動できる世界の果てが身の回りにまで縮小したうえ、移動、活動や滞在が飛び飛びにある安全島伝いになることでした。それは私が外出先に車イスで使えるトイレがあることを必要条件とするからで、外出に際し3時間前後のインターバルでそんな場所を渡り歩く行程を組みました。私は外出の行程をロングチェーンにたとえますが、それは構成要素のリングや連結(移動経路や安全島)に一つでも不具合があれば行程の全体が機能不全に陥る脆弱性を持ちます。それでも手動運転装置つき自家用車を取得したことと、自宅と自家用車との間の移動が自立したこととで、チェーンの組み立てに機動性、柔軟性や自由度が得られました。そこで思い立てばいつでも外出でき、3時間のインターバルの間に使える安全島と移動経路との選択に拡がりができました。ただ、外出目的の場所だけでなくたどる経路沿いに障害者用トイレのある施設や場所が少なく、加えてそんな情報の量と内容とが不十分なことが悩みでした。退院当初は札幌市が制作した小冊子のリストにある施設や場所が知り得るすべてで、それらが私の外出できる世界の果ての島々でした。在宅生活が長くなるにつれ私ができることや心持ちだけでなく社会インフラの改修が進み、私の活動できる世界の果てが徐々に回復しました。そして還暦を過ぎる頃から身体能力の衰えが顕著になり、縮小に転じ現在に至ります。

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国際生活機能分類が表現する生活機能構造モデル

《生活機能構造モデルに基づく見方》
 活動分野や区域の限界の伸縮が身体能力、活動環境や心の持ち方が相互に影響し合う関係は、国際生活機能分類が表現する生活機能構造モデルから説明できます。在宅に戻った当初は能力障害が活動環境とミスマッチを起こしたことや内向きになった心理が地域社会での活動に制約的に作用しました。ただ、1990年代は地域社会のバリアフリー化が広がり始めた時期で、2000年代に入ると車イスで安心に外出できる環境の場所が増えました。そんな施設や場所に足を運ぶと日々の生活にない空気や体験が得られ、外出への自信や充足感により徐々に心持ちが外に向かい始めました。そして、外出中に行う所作や活動がルーティン化する日常生活で使わない機能を自然に使うので、たとえば体幹の安定性を鍛える他の効果がありました。社会の活動環境、自分の心の持ちよう、身体能力や地域活動などが好循環で作用しあい、還暦を過ぎまで私の世界が広がりました。

 生活機能構造モデルの表現を借りるなら、怪我の後遺症で低下した「生活機能」が「環境因子」の改善を契機に活性化し、それが「個人因子」に変化をもたらしたのが好循環の始まりです。「環境因子」や「個人因子」の変化が「生活機能」のさらなる改善をもたらし、各要因が相互に良い方向に作用する連鎖が起きました。ただし、還暦を過ぎると身体の不調や事故が度々起こり、その回復のために休養するたびに身体能力が段落ちし、世界の縮小期に面するこの頃です。この世界の縮小は不可避ですが、活動と区域との縮む速度をどのように制御するかが課題です。

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3 環境整備が作り出すサービス水準の格差   

《多くの人が活動する場所や時間の環境改善》
 活動環境のバリアフリー化に関し1990年代からの諸法令の施行があり、ハードの整備が着実に進みつつあります。バリアフリー化の現状を子細に見るなら障害者用トイレの分布に2種のマダラがあり、一つは区域的な濃淡、他はサービスの種別の間の濃淡です。多くの人が集まる市街中心部は密度の濃い区域で手厚いサービスを受けられますが、市街から離れると環境改善の恩恵が薄れます。法令が人々の多く集まる区域から重点整備しようとする趣旨に沿うものであり、限られる投資で効率を重視する所期の目標にそいます。つまり、これまでの整備は人の集まる場所に集中する一方、その周辺に以前のまま活動障壁のある区域が残ります。ただし、商業施設等では夜や深夜に使える施設数が極端に減る他、公園など屋外施設が冬に供用を停止することに注意が要ります。また、北海道内を見渡すなら札幌市や地方中核都市のバリアフリー化が進む一方で、他の市町村は法の恩恵が行き届くまでに相当の時間が要りそうです。ハードや情報の環境整備の状況についてここ30年間の推移の概況を別のブログにて紹介します。
《残された場所やサービスの環境改善》
 車イス使用者が住居を起終点として行動する機会が多いことや近所での移動にも負担が大きいので、札幌市であればこれまでの効率重視からきめ細やかさに軸足を移す段階と考えます。つまり、地域住民の日常に近い場所での環境改善の重要性が相対的に増しつつあります。また、環境改善は規模の大きな施設の新設や大規模改修の機会に進展しますが、小規模な施設などたとえば専門店や飲食店のバリアフリー 化が滞りがちです。中心市街から外れた場所や中小の施設でのバリアフリー化の浸透が今後の課題です。

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4 環境の可能態と現実態との間のギャップ   

《可能態から現実態へ》
 車イスでの活動環境が2000年代に着実に進む一方で、その情報の共有化がハードの整備にまるで追いついていません。施設や場所の活動環境を可能態に整えたのに、それを必要とする人々が知らず現実態になりえない状況が続きます。この20年ほどは民営施設での環境整備が特にめざましい一方廃止も見られますが、そんな情報を取りまとめ、更新し、伝える主体がなかったのでギャップが拡大する一方でした。札幌市の小冊子もありましたが、カバー率が低く、行政や医療施設に偏り、情報更新の頻度が少なく、確実な取得が難しい状態にありました。

《点の情報の提供》
 施設や場所のバリアフリー化には段差解消ほかの要件が諸々あるので、段差がないだけ、障害者用駐車スペースがあるだけから、障害者用トイレやエレベータなど整う施設まであるので情報化が難しいのも事実です。機能障害の程度によりそれらのバリアフリーに対する満足度もまちますです。ただ、障害者用トイレがあればアクセス条件ほかも一定程度配慮があり、その有無が指標になると考えました。そこで、札幌市内を中心に障害者用トイレのある施設や場所を調査し、その情報を「札幌市_車イスお出かけナビ」で提供してきました。

《線の情報の提供》
 上述のサイトは施設や場所の点の情報、つまり障害者用トイレ中心とする情報でした。商業施設などはそれでほぼ十分ですが、公園など屋外や広がりのある施設で点の情報だけでは不十分です。障害者や老人が安心して出かけられ、外出に駆り立てるには中途半端な情報でした。移動に車イスを使う障害者や老人は外出への心の敷居が高く、最初の一歩を踏み出す動機付けが必要です。そこで、トイレなどの情報のみにては活動障壁の分かりにくい公園などについて、動線付近にある障壁や魅力を紹介する動画の制作に着手しました。その制作の考え方などについては30 車イスで街にでよう_札幌にて紹介します。

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情報提供:NPO 環境福祉支援サービス プラスアルファ
企画・調査・製作:環境複合研究所