12 この30年の車イスお出かけ事情
1 車イスでのお出かけにおける障害者用トイレの要
2 外出環境のバリアフリー化と情報共有化の変遷
⑴ 市街地でのバリアフリー化が始まる1990年代
⑵ バリアフリー化の状況と情報との乖離が広がる2000年代
⑶ バリアフリー化の浸透と情報化が多様化する2010年代
1 車イスでのお出かけにおける障害者用トイレの要
ほぼ1年間の入院生活から在宅に戻った1990年代半ばごろは、通勤や特定の施設以外の外出をひかえました。外出には障害者用トイレのある施設との固定概念があったからです。私には尿意がなくまた排尿障害がある一方で尿もれを最小限にしたく、所定のインターバルと帰路に向かう直前とに膀胱を空にしたいと考えました。つまり、尿意がないので日常的に3時間以内のインターバルでの排尿を心がけており、外出時には水分の摂取を控えるとともに同様に排尿しようと考えたのです。膀胱が満杯でなくとも尿がたまった状態で自家用車との乗降や立位での移動をすれば、尿もれが起こるからです。たとえば運転席と車イスとの乗り移りや車イスの積み下ろしで腹筋を使うと腹圧が高まります。また、立位での移動に際し膝が折れるのを防ぐのに過伸展の状態を作るのも腹圧を高めるので、尿もれをうながすのを厭うたのです。
1990年代の札幌市内にはバリアフリーの施設が稀な上にその情報も少なく、安心に出かけられる施設が数えるばかりでした。職場復帰したことで仕事を通じて否応なく未知の場所を訪れるとき、障害者用トイレのある施設が思いの外あることを知りました。さらに、2000年代に入ると関係法令の施行により、市街地を中心にいろんな施設や場所のバリアフリー化が進みました。しかし、障害者用トイレが整備された施設や場所にかかる情報は、追加、修正や削除が進まず内容が1990年代とあまり変わりませんでした。つまり、私が入手する情報と実際の環境改善の広がりとの間に乖離が進むばかりでした。そこで、提供情報のサービス分野の偏りやバリアフリーにかかる情報内容について、私の個人的な嗜好や必要に合わせて情報の形を追求したのが「ナビ」でした。
2 外出環境のバリアフリー化と情報共有化の変遷
札幌市の① 障害者用トイレのある施設の整備状況と② バリアフリー情報の共有化との間に乖離があり、せっかく整備した施設が活用されずにいたことが残念に思い、自ら手掛けた③「ナビ」の整備を含め、私の目の届く範囲での札幌市を中心とする30年ほどの3者の変化概況を整理しました。
⑴ 市街地でのバリアフリー化が本格化する1990年代
① 私が長期の入院から在宅生活に戻った1990年台半ばは建築バリアフリー法(1994年制定)が施行されて間も無く、車イスで使える施設が公共施設や大規模商業施設の一部に限られました。比較的大きな商業施設のバリアフリー化が進み始めたころでもありましたが、奥ゆかしくも人知れず整備する時代と振り返ります。施設管理者がバリアフリー 化について公表するにしても、その方法や内容がそれぞれの判断次第でした。そこで必要な情報にたどりつくには根気のいる検索や内容の解釈が必要で、検索漏れや読み違いが数多く起こりました。札幌市に当時どれだけ障害者用トイレを備えた施設あったか分かりませんが、私が地域社会で安心に活動できる領域は手に入れた札幌市作成の小冊子にある数えるばかりの施設群がすべてでした。
② 車イス対応トイレのある施設や場所を紹介する小冊子は、リハビリを担当するPTが札幌市から取り寄せた「車イスガイドブック」でした。人生の半ばで突如障害者になった私にはそんな冊子の存在など知る由もなく、また思いついて探したとしても入手できたかは疑問です。冊子は縦横20x8㎝、128ページで携帯に適した大きさである一方、掲載する施設が公共施設や病院に偏り、買い物や食事など外出を楽しめる施設や場所の少ないラインナップでした。また、印刷物なのですべての情報は作成時点で時を止め、変化し続ける中心市街のバリアフリー化に取り残されるばかりでした。
③ 私が「ナビ」のPC版を始めたが1995年ごろで、手持ちの情報から障害者用トイレのありそうな施設を推測し、目星をつけた施設を実地調査し公表しました。いろんな媒体に散らばり、運営者ごとに出される情報をワンストップで見られたら便利と考えたからです。また、情報をweb上に展開すれば、新たな情報を発見・調査が済み次第に更新できるのが好都合と考えました。さらに、web情報であれば必要とする人が見つけやすい上、札幌内外のどこからでもアクセスできる利点があります。またバリアフリーと伝え聞いて訪れると私が使えない施設があるなどしたので、利用環境を写真を用い可視化して提供するのにもweb情報の表現力が有効でした。札幌市の冊子の情報が公共施設に軸足を置くのに対し、「ナビ」はスーパーマーケットやホテルなど商業施設に力を入れました。前者が手続きや診察など義務的な利用施設なら、後者は買い物や食事などなど個人の嗜好や能動的な活動の施設を意識しました。
⑵ バリアフリー化の状況と情報との乖離が広がる2000年代
① バリアフリー新法(2006年)が建築ハートビル法と交通バリアフリー法(2000年)とを統合しバージョンアップして以降は、商業施設の新設や大規模改修の多い市街部を中心に障害者用トイレのある施設が一層増えました。さらに、ファミリーレストラン、ホームセンターやドラッグストアのチェーンの一部は、新らたに開く店舗で段差解消や障害者用トイレを標準仕様にしたようです。そこで中心市街や主要駅周辺だけでなく、住宅街に近い幹線道路沿いにもバリアフリーの商業施設が緩やかに広がりました。それにより私の活動できる安全島の数や分布密度が増し、使えるサービスの分野や選択肢が広がりました。
② 札幌市の小冊子は不定期に何度か入手できましたが、情報の質や量が1990年代と大差なく感じました。市街中心部で商業施設のバリアフリー化が進みますが新規に追加掲載される施設が少ない上に取捨の基準が見えず、行政関連の施設や医療施設に手厚いラインナップの印象のままでした。ただ、札幌駅から薄野にかけての市街地に限るなら新法の適用施設が多いせいで、ショッピング目的の外出なら積雪期や深夜から朝方を除けば情報なしでもある程度安心になりました。ただし、食事を楽しむなどの特定目的で出かけるとなると、車イスで長時間過ごせる施設に選択肢が少なく情報不足の感は否めません。バリアフリー新法の規定が既存施設に遡及しないので、スーパーマーケット、ファミリーレストラン、ホームセンター、家電量販店やドラッグストアなどについては、同じ系列店でも開業の時期によりバリアフリーが未対応の店舗もあるので情報の重要性がむしろ高まりました。
③「ナビ」における実地調査件数が激増した時期でした。中心市街であれば使える時間帯やトイレのある階など、現地で迷わず行動できる情報づくりを心がけました。居住地区に近い区域での活動を考えるとき、ホームセンター、家電量販店やドラッグストアなどが重要な役割を果たしており、床面積の広い店をリスト化して片端から調査しました。どこかのチェーン店で障害者用トイレを確認できれば、ローラー作戦で実地調査をしました。なお、一部スーパーマーケットやファミリーレストランの終夜営業が深夜の時間帯のサービスの空白を埋めるので、そんな施設の情報の項目を立てました。そこで「ナビ」で紹介するバリアフリー施設数がかなり増え、「ナビ」の利用者が目的の情報にたどりやつきやすく提示方法を見直しました。
⑶ バリアフリー化の浸透と情報化が多様化する2010年代
① 札幌駅からススキノにかけての中心市街周辺は相変わらず新築や改修によるバリアフリー化が続く一方、JRや地下鉄の駅周辺の旧来の商業地区が停滞気味でした。他方、ホームセンターが郊外の幹線道路沿いで、ドラッグストアが住宅地への浸透が一層進み、それらが中核となる複合商業施設の新設も続きます。複合商業施設には飲食店も出店しており、家族で買い物に出かけ軽い食事ができるなど、車イスでの外出を楽しめる場所が増えました。ただし、住宅街のドラッグストアを除き自家用車での利用を前提とし、自家用車を使える人々に便利な施設です。コンビニエンス・ストアは新規開店が続く一方で、新店舗に車イスで入れる便房(ただし標準的な障害者用トイレより狭い)の設置を標準仕様にするチェーンがあらわれました。コンビニはドラッグストアにもまして数が多く、住宅街の奥深くにも浸透し、終日営業が車イスでの活動の地域的と時間的との幅を広げるのに助けになります。
② バリアフリー施設が年々増える一方で、情報の整備が追いつかない状況が続きます。北海道庁が2010年ころからバリアフリー情報の全道版をウエブ上に開設、情報の間口と量とが拡大、道内の移動経路や滞在可能場所に安心の選択肢が広がりました。また、障害者用トイレのある施設を登録できるプラットフォームを開設し、障害者用トイレを見つけた人に情報登録を呼びかける活動が始まりました。さらに、飲食店を紹介するある一部情報サイトにバリアフリーの検索項目が加わり、バリアフリー情報が多方面に拡大中です。ただ、「ナビ」の情報に加えるべくそれらの施設を実地に調査すると、私の身体能力では到底使えない施設が相当数含まれます。そうだとしてもそれら情報は嘘でも間違いでもなく、車イスを使う人の運動能力に限定が必要な情報でした。たとえば屋内なら歩行できるが外出時に車イスを使う高齢者なら、車イスでトイレ近くまで移動でき便器が洋式なら用がたせます。他方、自立歩行のできない車イス使用者は、便房内に車イスが入れなければ使えません。そこで、能力障害の程度が幅広い車イス使用者が、それぞれ使えるか否かを適切に判断できる情報づくりが大切になっています。また、一部のコンビニチェーンは新規店に広い便房を備えるだけでなく、その情報をHPに公表するところが現れ利便性が高まりました。
③ バリアフリー新法の施行以降「ナビ」で紹介する施設数が増加の一途にて、サイト利用者が満足できる施設を見つけるのに手間取る懸念が高まりました。そこで2011年に利用施設をサービスや場所で検索やすく改造、また情報提供媒体にモバイルメディアを加え現状の形にしました。その目論見や具現化策は別のブログで紹介します。そこで、URLさえ取得すれば誰もが、いつでも、出先でも、スマフォやタブレットさえあれば情報にアクセスできるようになりました。また、すべての施設をひとりの車イス使用者が調査するので判断のモノサシを一定化し、さらに幅広い身体能力の人が使えるかの判断材料を組み込む表現に留意しました。
情報提供:NPO 環境福祉支援サービス プラスアルファ
企画・調査・製作:環境複合研究所