61 自家用車を手動運転に改造
1 両足が動かなくても自家用車を運転できます
車イス生活になると行動圏が一気に狭まります。1990年代はJRや地下鉄にエレベータがない駅があり、バスは乗車介助を頼める雰囲気でなかったからです。私に残された可能性は自家用車での外出でしたが、あに図らんや簡単に運転できるとは。退院後にいつでも思い立ったときに望みの場所に行ける足として、独りで自家用車を運転し出かけられ、実質的にも精神的にも助けになりました。そして、車イス生活になってのちに職場復帰がかない、このような調査や情報づくりができ、地域社会と繋がり続けられるのも自家用車による外出の自立があればこそでした。
一般の自動車はマニュアル車なら両手と両足を使い、オートマチック車でも両手と片足を使います。つまり、両下肢が不自由になるとわかったときは、自動車の運転など夢想だにしませんでした。ところが、私より能力障害が重い車イス使用者を紹介され、独りで運転して来院したのを目にし驚きました。私も運転できるようになり、独りで外出できるとの希望が生まれました。ただ、自動車の改造や運転方法ほか多くの疑問や心配がありましたが、退院から在宅初期の段階で乗り越えました。
2 自家用車の改造と公的支援制度
(1) 手動運転装置の概要
自家用車の改造には下肢を使わずに運転できる装置があり、専門業社に依頼して一般仕様のオートマチック車に装着するだけでした。健常者が右足で操作するアクセルとブレーキとを左手で操作します。写真で緑丸で囲んだ手動レバーを押せばブレーキ、引けばアクセルです。前進や後退などのシフトチェンジは手動レバーで選び、左手を水色丸で囲んだセレクトレバーに持ち替えて運転します。ウインカー、クラクションやライトの操作も手動レバーの握り付近のスイッチで操作できます。また、ハンドルを大きく切る際に一般仕様車では両手を使いますが、改造車では右手だけで操作できるように赤丸で囲んだ旋回ノブを取り付けます。この改造により両手だけで一般仕様の乗用車を運転できました。ただし、ワイパーの操作は手動レバーから手を離し(アクセルもブレーキも作動しない状態)操作するので、微妙な降りの日は少々ですが面倒です。
(2) 改造費用と公的な補助等
自動車は一般仕様なので車種の選択の幅が健常者と同じで、価格も同様でした。特殊な装置を取り付ける改造費が心配でしたが、私は一般的な車両と同程度の費用で改造車を購入したと記憶します。それは公的な補助と税金の免除による負担減とを合わせると、改造費用とおおむね同程度になったからです。
公的な補助は札幌市の「障がいのある人の自動車運転に関する費用の補助」の中で、「自動車改造費を補助」の適用を受けました。2019年3月現在では一定の条件に適合する障害者を対象に10万円を上限に補助するとあります。新車購入時にかかる税金は自動車税(軽自動車税)、自動車取得税、自動車重量税、消費税の4種類がありましたが、自動車重量税以外の税が免除されました。
私は普通乗用車を新車で購入したので通常と変わらない費用でしたが、中古車なら税の軽減が少なく、また制度の変更もあるので最新の情報の確認が必要です。
(3) 運転免許の取得
受傷前は普通免許を持っていましたが、手動運転装置を装備した改造車の運転経験は皆無です。そこで、運転教習と免許証取得について最寄りの警察署に相談しました。警察官は私に免許証の提示を求め、裏面の備考欄内に「中型車(8t)、準中型車と普通車はAT車でアクセル・ブレーキは手動に限る」との判を押してくれました。新たな免許の取得が不要で、それが手続きのすべてとのことでした。新たな免許取得のための費用負担がなく安堵する一方、運転に不安を覚えましたが慣れるのに数分でした。
札幌市のホームページによると「身体障害者手帳の等級が4級以上の身体に障がいのある方で就職・通院など自立更生のため運転免許を取得しようとする方に対しては、教習に要する費用の一部を助成」するとありますので、該当の方する人は免許取得の負担軽減できます。
(4) 駐車禁止除外指定車証票
訪問先の施設に十分広い一般駐車スペースがある場合を除き、駐車場所探しに難儀します。そんな折「駐車禁止除外指定車証票」が使えます。「標章で除外されているのは、標識により駐車禁止及び時間制限駐車区間の規制がされている区間のみ」ですが、路上駐車ができます。取得方法は北海道警察本部のホームページにありますが、申請書のほか障害者手帳、印鑑、免許証が必要です。
(5) 障がい者交通費助成
札幌市は平成29年度から「障がいのある方の外出機会を確保し、社会参加を促進することを目的とし」「外出のきっかけづくりとして、障がいのある方に交通費の一部を助成」ています。その選択肢の一つである「福祉自動車燃料助成券」を利用しています。目的にある通り社会参加の経済的な障壁を軽減してくれます。
3 自家用車の乗り降りと運転の実際
(1) 車イスと運転席との移乗
自動車を独りで運転して出かけるには車イスと自動車の運転席との間を乗り移らねばなりません。運転席の扉の開口角度に限界があるので車イスの近接位置や角度に制約があり、体重を支えるのに安定的で力の入れられる手がかり限られるので、リハビリで移乗訓練を念入りに行いました。
(2) 車イスの積み下ろし
自家用車を運転して独りで出かけるため、助手席側の後部座席に車イスを自力で積んで移動します。車イスの積み下ろしは運転席の背もたれを倒し、車イスを身体の上を通過させます。つまり、車イスを移動させるために握力、腕力、腹筋力や背筋力を駆使します。私はそれらに麻痺がないので、想像より容易に動かせました。また、上述の元入院患者は腕や手にも麻痺がありましたが、視認できない動きで車イスを積み込みました。麻痺の部位や程度に応じ、その人に合った方法を身につける訓練が必要です。
(3) 実際の運転方法
納車を受けて直ちに手動で運転しました。初めは発進、加速や減速にぎこちなかったものの、すぐに慣れて恐怖心や懸念が消えました。手動レバーを引くと加速して上体が背もたれに押され、押すと減速して上体が起きます。つまり、レバーの操作と上体との動きの関係が自然で、警察署が免許証の備考欄への書き込みだけなのもわかりました。また、パワーステアリングと旋回ノブにより、交差点でもハンドル操作が楽です。車イスで在宅に戻ってのちに自家用車を駆って北海道内を3から4巡しましたが、不都合を感じることなく快適に運転しました。
(4) 自家用車での外出の懸念事項
自家用車が安心に駐車できる施設や場所であれば思い立った時に独りで訪れられますが、懸念は駐車場所探しです。訪問先に障害者用駐車スペースがあれば幸運ですが、そこに停められるとは限りません。目的地についても自動車を停められて、車イスとの移乗ができる空間が必要だからです。また、到着時に運転席から車イスに移れても、帰る時に運転席の側に駐車車両があると、多くの場合車イスから乗り移れるようにドアを広く開けられません。そこで、一般駐車スペースに停めるのときは、運転席側に他の車両が停められない通路脇などを選びます。春から秋にかけては風雨、冬は降雪や路面凍結が乗降時の懸念事項です。
4 私の車種の選択の考え方
⑴ 退院時の選択条件
自家用車の選択では車イスとの移乗と車イスの積み下ろしがしやすい条件で探しました。まず、車イスとの間の乗り移りやすさから、運転席の座面高が45㎝ほどのセダンを選びました。次に、車イスの積み下ろしやすさの観点から、運転席の座面からルーフ下面までが高い車種に絞り込みました。また、後部座席に車イスを積むことから、座席の間隔に余裕のある中で手頃な価格の車種を選びました。さらに、雪に車輪を取られて動けなくなる事態を避けるため4輪駆動車を条件に加えました。
購入した自動車は目論見通りの性能で、満足できたのですが新たな問題が起きました。冬に雪が強く降るとリアウ・インドウに雪が積もり、熱線で溶かしきれず後方が見えなくなることがありました。本来なら車を停めてブラシで払うところですが、車道のセンターライン側に車イスで降りることは危険なのでそのまま走り続けました。また、冬に轍が3本の道に入ると、すれ違いの際にハンドルを取られ怖い思いをしました。
(2) 買い換え時の選択条件
車の買い替えに際し、前述の二つの課題に対応できる車種を探しました。リア・ウインドウの積雪対策として、トランクルームのない車種に絞りました。次に、轍対策と前方の視界確保に車高の高い車種を選び、車イスとの間で乗移りができる限界に近い高さのRV車を購入しました。
RV車に乗り換えたことで長距離の調査行を含め、運転時の安心が得られました。ただし、車高が高くなりルーフの雪払いが十分できず、車体が温まった頃に交差点で停車したら残った雪がフロント側になだれ落ちました。幹線道路との交差点で後続車もある中で前方の視界が完全に塞がれましたが、車イス使用者としてはなすすべが無く困り果てました。幸運にも交差点の一角にあるGSの店員さんが駆けつけ、雪を払ってくれたのでことなきを得ました。その後、ルーフの雪落としに注意を払いますが、走行中の積雪がなだれ落ちることが現状での唯一の不満です。
(3) 次に買い換えたとしたら
私は2019年5月で67才なのであと数年で廃車します。ただ、点検等でディーラーを訪れた際に、もし買い換えるとしたらとカタログを見ます。SUVの不満はフロント側に落ちた雪がボンネットで留まり、ワイパーで払えないことです。健常者であれば車を道路脇に寄せて雪を払えますが、雪で狭く交通量のある道で車イスに乗り移り雪を払うのは危険です。そこでボンネットの飛び出しがないか小さく、ルーフの雪の大部分が路上に落下するないし、残ってもワイパーで払えるような型が望ましいと考えます。実際に乗ればまた新たな課題が見つかるでしょうが、ミニバンがこの要求に適合します。私は積雪の多い札幌市に住んでおり、上肢に麻痺がないのでこんな条件です。それぞれが居住地だけでなく身体能力、趣味や嗜好を考慮したら別の車種になります。
企画・調査・製作:環境複合研究所